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岡山桃太郎「第24回全日本身体障害者野球選手権大会」優勝 大会3連覇達成の裏に秘められた”春のリベンジ”

11月5日〜6日、兵庫県神戸市で「第24回全日本身体障害者野球選手権大会」が開催された。全国から各ブロックを勝ち抜いた7チームが集まり、2日間で計9試合が行われた。

(取材協力:NPO法人日本身体障害者野球連連盟 文:白石怜平 以降、敬称略)

地区大会を勝ち抜いたチームのみが出場できる”秋の選手権”

「全日本身体障害者野球選手権大会」は、「NPO法人日本身体障害者野球連盟(以下、連盟)」が主催している大会で毎年11月上旬に行われている。

本大会は1999年から開催(20年は新型コロナウイルス感染拡大により中止)されており、”秋の選手権”と呼ばれている。

毎年5月に神戸で開催される「全国身体障害者野球大会(通称:春の選抜)」と並ぶ、身体障害者野球の全国大会である。

毎年夏に行われる、全国7ブロックの地区大会で優勝したチームのみが参加できる大会(※)であり、この7チームが各地区の代表として、29都道府県・37チームにおける頂点を争う。

(※今回の出場チーム)

福島アクロス(北海道・東北代表)、千葉ドリームスター(関東甲信越代表)、中部東海(名古屋ビクトリー)、阪和ファイターズ(東近畿代表)、神戸コスモス(西近畿代表)、岡山桃太郎(中国四国代表)、北九州フューチャーズ(九州代表)

会場は毎年、兵庫県豊岡市が後援し「全但バス但馬ドーム(以下、但馬ドーム)」を舞台に行われている。しかし、今年は但馬ドームが改修工事中のため、春の大会会場の1つである「G7スタジアム神戸」で開催された。

地区大会を勝ち抜いた全国7チームが集まった(宣誓は阪和ファイターズ  加減大介選手)

かつての”世界の盗塁王”福本豊氏が登壇

9時に開会式が始まる。門間雄司(かどまたけし)兵庫県議会議員、山内啓一郎・連盟理事長など来賓による挨拶で選手たちへそれぞれメッセージが贈られた。

そして次に、元阪急ブレーブスの福本豊氏が壇上に上がりマイクの前に立った。

通算2543安打そして今もNPB記録の1065盗塁の記録を残した、かつての”世界の盗塁王”の登場に、一際大きな拍手が沸き起こった。

登壇し、エールを送った福本豊氏

40年を超える身体障害者野球の歴史において、福本氏は欠かすことはできない存在。

現役時代、福本氏ら阪急の選手は社会貢献活動に積極的に取り組んでいた。その一環で神戸市内の医療施設を訪問し、ソフトボールなどで交流を深めていた。

この医療施設に入院していた故・岩崎廣司氏は福本氏との交流をきっかけに、元々好きな野球をやりたいと、81年に初の身体障害者野球チーム「神戸コスモス」を創設した。以降、全国へと広がり現在に至っている。

連盟の名誉理事長を務める福本氏は、

「今日と明日、素晴らしい天気になりますね。いい試合をやってください。野球は何が起こるか分かりません。楽しみにしています。いい思い出を持って帰ってください。頑張って!」

と選手たちへエールを贈った。

名門チームが続々準決勝へと進出

初戦は4試合を実施。昨年の第23回大会覇者で、シードによる準決勝スタートの岡山桃太郎は北九州フューチャーズに10−0でコールド勝ちし決勝へ進出。

岡山は84年に創設(当時はソフトボールチームとして誕生)し、88年から連盟に加盟している伝統チームである。

秋の選手権では昨年含めた直近4大会中3回優勝、春の選抜でも19年そして今年と準優勝している強豪。

地域やメディアとの結びつきが強く、地元の高校やグラブ職人が結束して選手それぞれの障害に合った特注グラブを製作し、県を挙げてチームの支援を積極的に行っている。上記はドキュメント番組としても放送された。

この日も地元のテレビ局が神戸へ取材に訪れ、ニュースでチームの活躍を報じた。

今年の春の選抜を制した名古屋ビクトリーは、初戦の阪和ファイターズにこちらも10−0でコールド勝ちし、翌6日の準決勝へと駒を進めた。

名古屋は春の選抜・秋の選手権ともに第1回大会から出場を続け、30年近く全国大会に進出し続けている。春の選抜は昨年から2連覇・準優勝も5回、秋の選手権も昨年まで2大会連続含む3回の準優勝をマークしている。

また、神戸コスモスも準決勝へ進出。春の選抜大会優勝18回・秋の選手大会優勝16回という圧倒的な強さを誇るも、ここ数年は名古屋と岡山の”2強”となっている状況に待ったをかけるべく翌日の戦いへと臨んだ。

名古屋と神戸の準決勝は、名古屋の層の厚い投手陣が神戸打線を抑え4−1で勝利。名古屋が決勝進出を果たし、岡山との対戦を迎えることになった。

準決勝では名古屋ビクトリーと神戸コスモスの名門同士が顔を合わせた(提供:NPO法人日本身体障害者野球連盟)

決勝の舞台で3試合連続の投げ合いに

迎えた本大会の決勝戦。前回の第23回大会から今年の春の選抜、そして今回と3大会連続で同じカードとなった。

先発は岡山が早嶋健太、名古屋は藤川泰行の両エースがマウンドに上がった。2人の投げ合いも昨年秋の選手権、今年の春の選抜につづき”3試合連続”。

名古屋の先発はサウスポーの藤川泰行

この1年、両エースは熱投を繰り広げてきた。昨年は早嶋が初回の”スミ1”を守り切り、藤川もその後0に抑えるも1-0で岡山が勝利。

今年5月の選抜では、5回まで両投手が無安打に抑える試合を展開。名古屋が守備の乱れを突き、藤川自身が両チーム通じて初安打となる適時打を放つなど4−1で勝利している。

互角の投げ合いを続け、三たび顔を合わせることとなった。

対する岡山の先発は早嶋健太

投手戦の予想から一転、初回からまさかの展開に

投手戦になると誰もが思ったこの試合、初回から予想だにしない展開になる。

1回表岡山の攻撃、先頭の早嶋が安打で出塁すると2番で主将を務める槙原淳幹が右翼へ2塁打を放ち先制。4番・浅野僚也が思い切り振り抜いた打球は、左中間を抜け走者一掃の2点三塁打に。

初回の猛攻で一挙7点を加えた

その後も攻撃の手は緩めず、この回打者一巡を超える猛攻で一挙7得点。これまで抑え込まれてきた藤川を攻略した。

試合後に岡山の谷藤監督はこのシーンを振り返り、「フライアウトがこれまで多かったので、試合前にセンター返しを意識することを全員で再度統一させました」と語った通り、チームが一丸となって繋ぐ野球を見せた。

登板前に大量援護を受けた早嶋は、緩急を織り交ぜた投球でゴロの山を築く。堅守でバックは早嶋を援護した。

外野への大飛球も中堅を守る浅野が俊足を飛ばしアウトにするなど、相手に攻撃のチャンスを与えることさえしなかった。

中堅・浅野のファインプレーで相手のチャンスの芽を摘んだ

そして迎えた最終回、早嶋はこの回も0に抑えゲームセット。岡山が秋の選手権大会3連覇を達成した。ナインがマウンドに駆け寄り、歓喜の輪ができた。ベンチに一度戻る際に、早嶋が涙しながら歩を進めるシーンも見られた。

大会3連覇を達成し、セレモニー後には胴上げが行われた

選手たちから「今回の大会に出てほしい」後押しからのMVP

試合終了後に表彰式が行われ、年間MVP及び大会MVPなどが発表された。

大会MVPには窪木大助(岡山)、優秀選手賞には吉田惇平(名古屋)そして年間MVPには早嶋が選出された。

表彰式で整列する岡山桃太郎ナイン

谷藤監督は大会を振り返り、

「3連覇のかかった大会だったのですが、それよりも春に負けたというのがありました。”名古屋さんに勝って優勝するんだ”というのを、選抜後から半年間テーマとして取り組んできました。リベンジできて本当に嬉しいです」

と安堵の表情で語った。特に5月の選抜では守備の乱れが敗戦に繋がった。これを踏まえ、

「初回から大量点をとって楽になれた部分もありましたが、1つずつ丁寧にアウトを重ねられました。名古屋さんも粘り強く喰らいついてきましたが、1点に抑えられたのはチームとして成長できた部分だと思います」

と述べ、半年間で修正し結果へと繋げていった。

また、大会MVPに輝いた窪木。19年秋の選手権からチームを離れ、今年9月ごろに戦列へと復帰した。若い選手たちから「今回の大会に出てほしい」と熱烈な後押しを受けたことから復帰を決断したという。

本大会では主に6番を打ち、1試合3安打を放つなど打撃で活躍を見せた。

「最初はブランクもありましたが、打撃の調子もよかったですし、3安打も打てて本当によかったです。この3年の間で若い選手も増えましたし、特に打撃がみんな見違えるように成長していました。自分も身体が続く限り頑張りたい」

と来年以降もチームに貢献していきたいと語った。

大会MVPに選出された窪木

今後「障害のある子どもたちが野球をできる場が増えるように」

大会は怪我人そして感染者を出さずに無事全日程を終了。

20年は新型コロナの影響によって中止、昨年はブロックでの大会が行えなかった関係で6チームでの開催であったが、今年は3年ぶりに全7チームで行うことができた。

山内啓一郎・連盟理事長は、大会を終えて

「今年は7ブロック全て予選大会を勝ち抜いたチームが選手権への出場となり通常開催の大会が終えられて安堵を覚えました。来年は、改修工事が終わった立派な但馬ドームでの選手権大会を今から楽しみにしています」

と振り返り、喜びもひとしおであった。

大会を主催したNPO法人日本身体障害者野球連盟も、昨年春の選抜大会から”Withコロナ”に向けた運営方法を検討し、行政などとも連携をしながら大会を継続してきた。その点についても山内理事長は

「感染拡大予防ガイドラインに基づいて選手や関係者が予防対策をしっかりした結果、感染のまん延もなく無事に大会が終了でき満足しています。

引き続き必要な感染予防対策をして、今後も大会を実施していきます。球場がG7スタジアム神戸であったにも関わらず、但馬ドームの職員の方々には受付対応等の感染予防に関しても大変お世話になりました」

と述べ、コロナ対策との両立と感謝の意を表した。

閉会式で登壇した山内啓一郎・連盟理事長

来年9月には”もうひとつのWBC”である「第5回世界身体障害者野球大会」が開催される。4年ぶりに行われる大会そして世界2連覇に向け、代表チームは1月に松山で結団式を行い本格始動する。

山内理事長は日本代表の監督として現場そして運営面において統括を担う。

「若い世代の野球離れが進んでいるとも言われていますが、世界大会を通じて障害者・健常者を問わず多くの人に身体障害者野球の認知を広められたらと思っています。

野球がやりたくても近くにチームが無くて諦めている人もいるでしょう。障害のある子どもたちが野球をすることができる場が増えるように、新規に立ち上げるチームを支援していきたいです。全ての都道府県でどこに住んでいても障害を持っている方が野球をできる環境になることを目指します」

世界大会を通じて身体障害者野球の更なる普及・発展を目指し、その想いを最後に語った。

コロナ禍でも屈せず灯してきた光は来年更なる輝きを放っていく。

(おわり)

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